■全国選抜ジュニア選手権関東予選優勝 前澤かおる

私は、保育園の時から小学校卒業まで、かもしかスポーツクラブにお世話になりました。その8年間の思い出はあまりに多すぎて簡単にどれか一つを選ぶことはできません。いつも先生方が優しく教えてくださるので毎週かもしかに行くのが楽しみでした。小さい頃の一番の思い出は逆上がりが初めてできた時のことです。博子先生に分かりやすくアドバイスをもらい、優しく指導して頂いたことを今でもはっきりと覚えています。あの時は本当にうれしかったです。2年生の時の水泳合宿では、初めて背泳ぎで25メートルを泳ぎ切り、うれしくて、帰宅して両親に興奮して報告したのを覚えています。かもしかではその他、いろいろな種目の練習も短い時間の中で集中的に、そして一人一人にあった方法で教えてくれるので自分でもじょうたつしているのがよくわかりました。私は今、テニスという競技を選び、全国、そして世界を目指して毎日練習しています。自分よりレベルの高い子も周りにはたくさんいます。ただ、その仲間の中にはテニスは強いけれど、他のスポーツはほとんどできない、運動神経は良いけれど他のことはやったことがないという子がたくさんいて驚かされます。私は小さい頃から俊男先生に「1つの種目だけやるな、バランスのとれた、何でもできる身体をつくれ」と言われ続け、かもしかで多くの種類のスポーツに取り組ませてもらいました。そして私は何でもできるという自信をつけさせてもらいました。テニスの練習の時などコーチや友達に「走るフォームがいいね」などと言われるととてもうれしくて、そのたびにかもしかのおかげだなと思います。小学校6年の時、私はプロテニス協会の主催する、ある大会で地域予選を通過して全国大会に出場し、さらにその中でもいい成績をとることができました。その大会はテニスのテクニックだけでなく、さまざまな運動能力をみるテストも大きな得点配分になっていたのです。この時もやはりかもしかのおかげだと心から思い、嬉しさがこみあげたのを覚えています。私のテニス練習を見てくれた人はみな、本当に楽しそうだね、と言ってくれます。自分が心から楽しいと思っているからだと思います。そしてそう思える心の奥には色々なスポーツをやって楽しんで育ってきた小さい頃からの歴史があるのです。これからもかもしかの精神を忘れずに、目標に向かって進んでいきたいと思っています。かもしかスポーツクラブの先生方、これからもたくさんの子どもたちに、スポーツの楽しさを教えてあげてください。



■今泉和紀 母

その授業は走り高跳びだった。十人ほどの子どもたちが、順番にバーを跳んでいく。ボール運動やかけりっことは違い、一走一跳、集中しなくてはならない地道な学習である。バーを落とした時の残念そうな声と、クリアーできた時の歓声がひときわ体育館の中に響いた。真剣に跳ぶ子どもたちのバーを、指導者の先生が自ら拾いそしてまたバーをセットしてくれている。いや、よくよく見ると、一人一人の子の記録をまるで記録用紙にメモってあるかのように、さっき落とした子は再度同じ高さを、そしてさっきクリアー出来た子はその上の高さを…というふうに、十人の記録をすべて記憶し、個々に合わせてセットしてくれているのだ。それこそ、十人十色の跳び方をもちろん一人一人に、その都度助言しながらである。見ていてとにかく驚いた。プロの成せる業。それとも、子どもたちへの情熱ゆえになせる業。何度も何度も一生懸命に跳んでいる息子の姿を遠くから見ていて、感謝の気持ちで一杯になった。